研究 RESEARCH



魚類やイモリなどの有尾両生類は、手足やひれを切断しても、再生します。このような付属器官の再生現象を、エピモルフィック(付加)再生Epimorphicregenerationと呼びます。このような大規模な再生では,傷口の閉鎖に続き、
  再生(傷)上皮 (Wound epidermis)
  再生芽 (Blastema)
と呼ばれる組織の形成が起こり、主に再生芽細胞の増殖によって組織は元通りになります。この現象は、200年以上も前から知られていましたが、再生のメカニズムや、なぜ動物や組織によって再生できたりできなかったりするのかは明らかになっていません。私達の研究室では、完全な機組織能,形態の再生が起こる仕組みを解明するために、以下のような点について研究を行っています。

 
        魚類のひれの再生 (Fish fin regeneration)

 このような現象は、200年以上も前から知られていましたが、最近まで研究アプローチの方法がありませんでした。近年になって、ようやく、遺伝子や分子のレベルで再生がどのようにして起こるのかが解明されはじめました。

 しかしながら、いまでも、再生のメカニズムの詳細や、なぜ動物や組織によって再生できたりできなかったりするのかはわかっていません。私達の研究室では、再生の仕組みを解明するために、以下のような点について興味を持って研究を行っています。

 ・組織再生を行う細胞の由来と細胞系譜  Origin and lineage of cells that are involved in regeneration
 ・再生における組織幹細胞                  Tissue stem and/or progenitor cells
 ・再生はどのようにして始まるのか?         Trigger(s) that begin complete tissue regeneration
 ・組織再生過程を制御する分子,シグナル  Molecules and signals regulating regeneration
 ・組織の大きさや形を決める位置情報      Positional information that specifies the tissue size and shape


組織再生を行う細胞の由来と細胞系譜  Origin and lineage of cells that are involved in regeneration

 再生した組織の多様な細胞はどうやって作られるのか?細胞の家系図(細胞系譜)を解明することで、再生メカニズムの理解に近づくと考えられます。組織の再生は「幹細胞」のようなエリート(専門)細胞によって起こるのか、それとも、多彩な細胞がそれぞれ寄与するのか?細胞系譜から解明できます。細胞の系譜を解析する方法は、細胞を標識して観察することで行います。私達は、全身の細胞で赤い蛍光を発するゼブラフィッシュを作製し、この再生芽を別の個体へ移植する系を確立しました(図2)。 さらにエレガントな方法として、Creという組み換え酵素を特定の細胞で発現させ、その細胞と、すべての子孫細胞が永遠にGFPでラベルできます(図3)。この方法を使えば、個体の生涯にわたる細胞の系譜を調べることができ、例えば幹細胞みたいな細胞から再生組織の細胞が供給されるのか?、再生後には組織のどの細胞になっていくのか?などを明らかにすることができます。

  
       再生芽移植による細胞の追跡                          Cre-LoxP組み換えによる細胞の永続的なラベル


再生における組織幹細胞 Tissue stem and/or progenitor cells

 魚類や有尾両生類の付加再生でも,哺乳類の細胞新生や不完全な組織再生でも,体中に組織幹細胞が存在し,それらは組織を再生したり維持したりする上で必須の役割を持っています。私達は,完全な組織再生を行う上で,組織幹細胞がどのように寄与しているかに興味を持っています。

 最近,私達はトランスジェニックゼブラフィッシュを用い,骨芽前駆細胞を発見しました。これらは骨組織のニッチにあり,再生時に骨芽細胞へ分化します。この細胞は正常な骨組織の恒常性維持でも,骨芽細胞を供給し,成体の骨を再生,維持する重要なソースであることが明らかになりました。さらに,骨芽前駆細胞は、発生期の体節に由来し,間葉細胞を経て,前駆細胞となって,ニッチに保存されることを示しました。哺乳類成体では,骨芽細胞は骨髄幹細胞に由来するとされていますが,この発生起源や,発生期の骨芽細胞との関わりは明らかにされていませんでした。私達の研究により,初めてこれらの関連性が示唆されました。この研究から、脊椎動物に共通の骨の維持や再生の重要な仕組みが明らかになりました。同様の前駆細胞は,哺乳類を含む他の脊椎動物にもあると予想され,さまざまの骨疾患の原因解明や再生医療への展開が期待されます。(Ando et al., 2017

  
    トランスジェニックを用いた骨芽前駆細胞の可視化

 また,表皮の完全な再生メカニズムについても研究を進めています。皮膚は生体恒常性の維持にとって重要な組織ですが,すべての脊椎動物で約1ヶ月の周期で新生し続けています。しかし,魚類などの再生では,皮膚も完全に再生されるのに対し,哺乳類は,大きな皮膚の損傷は瘢痕となって完全には再生できません。私達の最近の研究では,皮膚の完全再生には,基底層の幹細胞を再生するメカニズムが重要であることが示唆されました(Shibata et al. Development, in press)。表皮幹細胞の増殖,分化制御機構を解明することで,哺乳類でも完全な皮膚再生が可能になると考えられます。


再生はどのようにして始まるのか?Trigger(s) that begin complete tissue regeneration

 再生といえば、成体を使う物というのがアタリマエでしたが、私達は、発生が終わったばかりの稚魚を使って、再生を解析する系を確立し、この系を使って、再生過程の解析を行っています。幼若組織の再生を使って解析する利点の一つは、ゼブラフィッシュで作製された数千もの変異体を利用して、ある遺伝子の変異が再生に与える影響を調べることができることです。ほ乳類と違って、魚類は卵黄を持っているおかげで、たとえ心臓や血管がなくても、10日くらい生存して、発生・成長を続けることができます。


  幼若組織の再生

 私達は,さまざまの変異体の再生を調べているうち、造血細胞を欠損する変異体では、再生が起こらないで、再生予定の組織で細胞死が起こることを発見しました。この変異体を詳しく解析した結果、損傷組織ではインターロイキン(IL)1bという炎症性サイトカインが過度に作用した結果、細胞死が起こることを発見しました。一方、炎症を抑制しても再生しなくなり、炎症応答は再生を開始させる役割も持っていることがわかりました。つまり「ほどほど」のレベルに炎症を抑えることが再生には重要で、マクロファージがその調節をしていることが明らかになりました。今後、組織の損傷が炎症応答を誘導するメカニズムの解明によって、私達哺乳類などのような再生能力の余り優れていない生き物への応用も期待されます。(Hasegawa et al.,2017


 変異体傷害組織におけるIL1bによる炎症は再生に必要だが、過度に作用してはならない


組織再生過程を制御する分子,シグナル Molecules and signals regulating regeneration

 再生に必要なシグナルが、再生中の「いつ」「どこで」作用するのかということは、再生メカニズムを理解する上で重要です。私達は最近、トランスジェニック(遺伝子改変)ゼブラフィッシュと細胞移植を組み合わせて、Fgfシグナルの働き方を解明することに成功しました(Shibata et al., 2016)。成体,幼若組織を問わず,組織の完全な修復過程には様々の分子やシグナルがタイムリーに働くことが重要と考えられます。さまざまの方法を用いて,いつ,どこで,どのような分子やシグナルが働くことで,完全な再生ができるのか?また,哺乳類などの不完全な再生では,どこが違っているのかを探求しています。

    
     再生におけるFgfシグナルの作用

Fgf20aが再生初期に上皮で活性化され、これが間充織細胞に作用して再生芽を形成させる。再生芽には、Fgf3などが発現し、再生芽の増殖を促す。


 組織の大きさや形を決める位置情報 Positional information that specifies the tissue size and shape